「社名は出せないけど、あの会社の製品は絶対に買わない」――そんな告白がX(旧Twitter)で一気に広まり、大きな反響を呼んでいます。氷河期世代が経験した職場でのパワハラ、そして”不買”という形で残り続ける傷跡。今回はこの話題についてまとめました。
🔥 発端となったポスト
きっかけは、あるXユーザーの投稿でした。
「社名こそ出せない」としながらも、最後に企業名が”滲み出て”いるこのポストに、リプライでは「滲み出とるwww」「名前出してないからセーフ!」と笑いと共感が集まりました。
📣 ネットの声:続々と同じ体験が集まる
このポストに対し、同様の経験を持つ人々から次々とリプライが届きました。
🔴 同じ現場にいた人たちの証言
「同じく氷河期新卒でそこの常駐で、ガラケー開発していました。ヤバイやつばかりで、『社会って動物園だったのか』と衝撃を受けましたね…。パワハラセクハラ山程あり、メンタル病んだ先輩多数。私もそこの製品は絶対買わないです(笑)」
「多分、同じ時期に富士通に常駐していましたが、社員の間でも女性、若い男性を標的のイジメのようなものがまかり通っていたので、いつでも飛べる下請けが羨ましいと女子トイレで女性社員に言われました(正社員になると氷河期ということもあり退職する踏ん切りがつかないようだった)」
「富士通の孫会社に氷河期にSEで就職してました。うん、虐め有りました。有給申請停めて欠勤扱いとか。心身壊して辞めました。」
「俺のメンタルが死んだのもここの下請け入ってからだな」
🟡 “不買”という選択への共感
「これは分かる…その会社の製品避けるようになるよね。でも気のせいか、その某社についてはBtoCの商品殆ど見かけなくなったよな…」
「酷い目に遭った会社の製品は買いたくないですよね?私もそれを実践しております。」
🟠 他社でも同様のケースが
さらに、他の大手企業でも同様の経験をしたという声も多数上がりました。
「こういうのあったな、社員は用事があってもBPと直接会話をせず、各会社のリーダーを通して意見と苦情をめちゃくちゃ言ってくるせいでパートナーみんな病んでて辛かった。それ以来三菱電機の製品は買わないこととした。」
「自分もN社製品は買うまいと決めています。手配師、指示師、命令師ばかりで。」
「Fに限らないけどなんか下請けとか派遣とかに対しては人当たりが急にヤバくなるところあるよなあ…」
📖 背景:氷河期世代とIT業界の構造問題
この話題が多くの共感を呼んだ背景には、1990年代後半〜2000年代初頭の就職氷河期という時代的な文脈があります。
就職氷河期とは
バブル崩壊後の深刻な不況により、新卒採用が極端に絞られた時代です。1993年〜2005年頃がその時期にあたり、当時の若者は非正規雇用や派遣・下請け労働を余儀なくされたケースが多くありました。
IT業界の多重下請け構造
大手メーカーやSIerに「常駐」する形で働く下請けSEという働き方は、当時のIT業界で一般的でした。この構造では、元請けの社員が下請けに対して強い立場を持ちやすく、パワハラが横行しやすい環境が生まれていました。
氷河期世代が声を上げられなかった理由
当時は「仕事があるだけマシ」という雰囲気が強く、パワハラを受けても声を上げにくい状況でした。また、転職市場も今ほど活発ではなく、逃げ場のなさが被害を長期化させた側面もあります。
富士通「成果主義」導入の真実――社内で何が起きていたのか
氷河期世代が富士通の現場でパワハラを経験していたその裏で、富士通社内でも別の混乱が起きていました。それが、日本企業史上もっとも有名な「成果主義の失敗」です。
1993年――成果主義の幕開け
富士通が「成果主義」の導入に踏み切ったのは1993年。日本を代表するリーディングカンパニーだった富士通は、成果主義の導入にあたってもリーディングカンパニーでした。
バブル崩壊後の厳しい経済環境の中で、「年功序列では世界と戦えない」という危機感から生まれた決断でした。当時の富士通は売上高1兆円、経常利益1000億円という絶頂期で、誰もが「日本を代表するリーディングカンパニー」だと信じて疑わなかった時代です。
まず1993年に管理職層を対象に目標管理評価制度が導入され、翌94年には主任層を対象に「SPIRIT」という裁量労働制度が導入されました。さらに1998年には非管理職も目標管理評価制度の対象に含まれ、大半の正社員の基本給・賞与・昇進が目標達成度で決まる「成果主義」人事制度が完成しました。
制度が社員を壊していった
しかし、鳴り物入りで始まった成果主義は、現場に深刻な歪みをもたらしていきました。元・富士通人事部社員の城繁幸氏が著書『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』(光文社)で生々しい実態を証言しています。
チームで1つの成果を上げていた社員が、自分だけの目標に固執するようになり、目標シートに書けない隙間業務やトラブル対応は誰も自分からやろうとしなくなりました。
評価の割合(SA・A・B・C・E)があらかじめ決められていたため、政治的な判断要因が増え、上司の顔色をうかがう行動が広まりました。また品質チェック部門では数値的な目標が立てづらく、製品の品質低下にもつながったと指摘されています。
今まで仲間を大切にしていたリーダーが、自分の成果を優先しはじめ、誰と組むかを計算するようになりました。過酷なプロジェクトの中で孤立する人、管理職コースに進まなかったせいで居づらくなってしまった人も出始めました。
無能なトップとそれに群がった無能な管理職がこの制度を使いこなせず、社員の士気は低下。社内には不満と嫉妬が渦巻き、自殺者まで出るという惨状が出現してしまいました。
成果主義とパワハラの連鎖
ここで注目したいのが、成果主義とパワハラの関係です。評価が個人の成果に直結するようになると、管理職は部下や下請けへのプレッシャーを強め、数字を出せない社員や外注先には容赦ない態度をとるようになりやすくなります。
冒頭のXポストで語られた「頭を押し除けて『どけよ』と言われる」「毎日がパワハラで心を病んだ」という体験は、この成果主義が生み出したギスギスした競争文化と無関係ではないでしょう。下請けや派遣は評価の土俵にすら乗れない存在として、最も理不尽なしわ寄せを受ける立場に置かれていたのです。
富士通自身も後に「富士通の成果主義は失敗した」とメディアに取り上げられ、「日本に成果主義はなじまない」という社会的な議論にまで発展したと、現CHROの平松浩樹氏が語っています。
その後の富士通
2004年、富士通は3年連続の赤字を回避するため、社員の給料カットにまで追い込まれました。かつて「日本のリーディングカンパニー」と呼ばれた企業が、自ら導入した制度によって社員を追い詰め、業績まで悪化させるという皮肉な結末を迎えたのです。
その後、富士通は長い反省期間を経て、2020年代にはジョブ型人事制度への移行など抜本的な改革を進めています。しかし、氷河期世代の記憶に刻まれた傷は、今もXのタイムラインに生き続けています。
💡 「不買」という静かな抵抗
今回の話題で印象的なのは、被害を受けた人々が「裁判」や「告発」ではなく、「その会社の製品を買わない」という個人的な不買を選んでいる点です。
これは単なる感情的なボイコットではなく、「自分の消費行動で意思表示する」という、現代における静かな抵抗の形とも言えます。SNS上では「わかる」「私もそうしてる」という共感の声が多く、この感覚を持っている人が決して少なくないことがわかります。
企業にとって、従業員や取引先への扱いが長期的なブランドイメージや消費者の購買行動に影響を与えるという現実は、今こそ重く受け止めるべきでしょう。
まとめ
20年以上前の話であっても、当時受けた仕打ちは鮮明に記憶に残り、今なお不買という形で続いています。氷河期世代が経験した理不尽な扱いは、単なる「昔話」ではなく、日本のビジネス文化の構造的な問題を浮き彫りにしています。
今回のバズりは、SNSの時代だからこそ可能になった”遅れてきた告発”とも言えるかもしれません。企業の評判は、その企業が関わったすべての人の記憶によって形成されていくのです。

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